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 天平堂
初夏の会

初夏の会

2023年5月30日

去る5月27日(土)、太宰府天満宮にて、大寄せ形式の茶会「初夏の会」を開催致しました。この会の発端は、同業の友人である芳香園・井上正治氏に、ふとした折に相談を持ちかけた事に始まります。頭の中で思い描く構想はあっても、一人では成し得ない事も多く、志を同じくする者が加わる事で、物事は驚く程の速さで形を成してゆきました。幾度となく意見を交わす中で、会場として真っ先に思い浮かんだのが、西都の歴史と文化が今なお息づく、太宰府天満宮でした。その境内に佇む「文書館」は、1901年(明治34年)に天皇の行在所として建てられた由緒ある建造物であり、通常は一般に公開されておりません。この度、太宰府天満宮様のご厚意により、特別にこの文書館を会場としてお借りすることが叶いました。歴史の静けさと格式に包まれた空間にて、初夏の一日を茶の湯と共に過ごすことができました事、深く感謝申し上げます。

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今回の「初夏の会」において、立ち上げから全面的にご協力下さったのが、徳淵卓氏でした。徳淵氏は福岡市中央区赤坂にて、洗練された空間と静かな癒しを提供する茶酒房「万 yorozu」を営まれており、婦人画報にも特集される等、知る人ぞ知る名店として広く知られています。日常を離れた安らぎを求めて、連日多くの方々がその扉を叩いています。今回の茶会では、万さんの世界観をそのまま大広間に映し出すような設えを施し、「初夏」の涼やかな趣に寄せて、古染付とオールドバカラを用いた渾身の玉露一煎をご披露頂きました。さらに、重要文化財・志賀社の保存修理に伴い生じた檜皮葺を茶托へと加工し、2027年の式年大祭に向けた御本殿の大改修と重ねる趣向を凝らす等、文化と季節を織り込んだ演出が随所に光りました。香煎席の凛とした一服が、濃茶席へと文化のバトンを渡すように、静かに、そして力強く流れを繋いでくれました。

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濃茶席をお務め頂いたのは、光明寺住職・山西昭義氏。私の父の代から続くご縁で、かれこれ二十年のお付き合いになります。時に父のように、時に兄のように、私の公私に亘る歩みに常に心を寄せて下さる大切な存在です。この濃茶席は、山西氏以外には考えられませんでした。無理を承知のお願いにも関わらず、快くお引き受け下さり、幾度となく神戸から太宰府まで足を運んで下さいました。待合から本席に至るまで、室礼の細部に至るまで、最後の一瞬まで心を尽くして下さる姿勢に、ただただ頭が下がる思いです。「貴重なお時間を割いてお越し下さるお客様との一期一会を、何よりも大切にしたい」。それは、山西氏の茶人としての本質であり、人としての在り方でもあります。当日は、心置けないお茶仲間やお道具仲間に囲まれ、静謐でありながらも温かな空気が満ちる濃茶席となりました。

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濃茶席は、ご挨拶に始まり、松尽くしの菓子器に藤丸氏の青梅(主菓子)、添えられた竹と共に、贅沢な松竹梅の趣向でお客様をお迎えしました。限られた時間の中、山西昭義氏は神戸に伝わる菅原道真公の物語を、丁寧に紐解いて下さいました。初めは緊張されていたお客様も、山西氏ならではのユーモアと温かな語り口に自然と心がほぐれ、席中は終始、笑顔に包まれておりました。山西氏のお席は、知的でありながらも親しみ深く、まさに「文化の遊び心」が息づく場。各地で引く手あまたの理由は、実際にお席に入れば誰もが納得する事でしょう。お点前はご長男の優氏が務められ、準備から本番までの長丁場を、静かに、誠実に支えて下さいました。お二人の呼吸が見事に合った濃茶席は、まさに一期一会の美しさに満ちておりました。

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濃茶席が設けられた観梅室からは「曲水の庭」を望む事ができます。この庭では、毎年三月、平安の雅を今に伝える宮中行事「曲水の宴」が催されます。梅花爛漫の中、十二単や衣冠束帯に身を包んだ参宴者達は、上流から流れてくる盃が自らの前を通り過ぎるまでの間に、歌を短冊にしたため、盃の酒を飲み干します。この神事は、958年(天徳2年)、大宰大弐・小野好古によって始められたと伝えられ、詩歌の名手であった菅公の在りし日の御姿や、当時の華やかな宴の情景が自然と脳裏に浮かびます。曲水の庭に映る水の流れは、時を超えて文化の記憶を運び、茶席に静かな余韻を添えてくれます。

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茶会の締めを飾って下さったのは、博多の老舗料亭「満佐」の女将・白藤国恵氏。ご縁は芳香園・井上正治氏を介して頂いたもので、今年初めに白藤氏が主催された茶事にて、雛道具の世界観に触れ、深い感銘を受けました。繊細でありながら力強い美意識に、ただただ心を奪われたのを覚えています。今回の茶会では、置水屋に茶箱の趣向を凝らし、香煎席、濃茶席、薄茶席それぞれに異なる個性が宿る中、白藤氏の薄茶席が華やかに全体を結びました。西都の趣向を軸に、点と点が線となり、三者三様の美が一つの流れとなって織り上げられた今回の茶会。まさに豪華共演の名に相応しく、文化と季節が交差する豊かなひと時となりました。

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この日の為に貴重なお時間を割いてお越し下さったお客様、そして事前準備から撤収に至るまで、汗を流しながら献身的に動いて下さった裏方の皆様。何よりも、これ以上ない場をご提供下さった太宰府天満宮様のご厚意に支えられ、芳香園・井上正治氏と共に一年間温めてきた「初夏の会」を、無事に終える事ができました。美術や茶の湯に関心を寄せて下さる方々の輪が、ほんの少しでも広がり、お越し下さった皆様の心に、温かな余韻が残るような会へと育てていければと願っております。皆様、本当にありがとうございました。

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