妖艶な彩色に魅了される色絵古九谷です。研ぎ澄まされた薄手の造形は、大名や豪商の需要に応じながら、技術が飛躍的に洗練されていった向上期ならではの力強さと繊細さが同居する一つの到達点を示しています。主題となる鳳凰文は「徳のあるところに舞い降りる」と伝えられる瑞鳥であり、天下泰平、五穀豊穣を象徴し、気品、威厳、吉兆を招来する祈りが込められています。五客揃いで伝世する点も貴重で、技と美意識が結晶した、まさに古九谷の精華と呼ぶにふさわしい逸品です。
- 時代
- 江戸時代
17世紀中期
- 重量
- 約 119g(1客あたり)
- 口径
- 約 14.7cm
- 高さ
- 約 2.0cm
- 底径
- 約 9.5cm
- 付属品
- 桐箱、外桐箱
- 状態(A)
- ・完品
- 状態(B)
- ・口縁に入が1本あります(画像参照)
- 状態(C)
- ・口縁に微細な入が2本あります(画像参照)
- 状態(D)
- ・口縁に細い入が3本あります(画像参照)
- 状態(E)
- ・口縁にわずかな銀直しが2箇所あります(画像参照)
・高台にノミホツが1箇所あります(画像参照)

古九谷様式
古九谷様式とは江戸前期に肥前有田で焼成された伊万里焼の様式です。
1640-50年代に染付を中心とした伊万里焼に色絵技法が導入されたことで、
初期伊万里は著しい技術革新を遂げ、古九谷様式へと発展を遂げました。
中国陶磁の模倣から始まった色絵磁器は、次第に日本独自の美意識を纏い、
晴れやかな宴席の器や、茶人の嗜好に応える懐石道具としても多く制作されました。
絵付けの技術は飛躍的に向上し、絵師の関与が窺える作品も現れます。
在銘作品も増加し、「角福」や「誉」など、多様な銘款が用いられるようになりました。
皿類の高台幅が広がるにつれ、焼成時に底部が垂れるのを防ぐため、
磁胎と同質の材で作られた円錐状の支え「針(目跡)」が用いられる技法が普及します。
色絵古九谷には、堂々たる雄渾な力強さが宿り、油彩を思わせる濃厚な配色と独自の意匠が特徴です。
そのため、加賀(石川県)で焼成されたとする「加賀説」が広く信じられていました。
しかし、有田の古窯跡から古九谷様式に一致する多数の色絵素地や陶片が出土したことにより、
現在では肥前(佐賀県)有田で焼成されたとする「肥前説」が通説となっています。
17世紀中期、肥前の陶工たちは血の滲むような努力を重ね、
世界最高峰と称される景徳鎮磁器を視野に捉えるまでに至りました。
その技術と美意識の結晶が、古九谷様式の輝きとして今に伝えられています。




























