大徳寺塔頭

Daitokuji Tacchu

黄梅院
黄梅庵は1562(永禄5)年に大徳寺98世春林宗俶を開祖として開かれた後、1587(天正15)年~1589(天正17)年に大徳寺112世玉仲宗琇が、豊臣秀吉や小早川隆景の帰依を受けて堂宇を整備して「黄梅院」と改称しました。
隆景と師檀関係を1588(天正16)年に結び、同家断絶後は本家にあたる毛利家により保護されました。
桃山時代の代表的な建築様式を備えた本堂や庫裏は国の重要文化財に指定されています。
庭園には千利休による「直中庭」、書院「自休軒」、茶室「昨夢軒」等があります。
三玄院
三玄院とは1589(天正17)年に大徳寺111世春屋宗園を開祖として、石田三成、浅野幸長、森忠政が建立した寺院です。
明治末年には西本願寺から茶室・篁庵を移しました。
境内墓地には石田三成、森忠政、古田織部、藪内剣仲の墓が残っています。
大仙院
大仙院とは1509(永正6)年に大徳寺76世古岳宗亘が建立した寺院です。大徳寺塔頭の中でも最も尊重されています。
沢庵宗彭を始めとする多くの名僧を輩出しました。
芳春院
芳春院とは1608(慶長13)年に大徳寺147世玉室宗珀を開祖として、加賀藩初代藩主・前田利家の正室・まつ(芳春院)が建立した前田家の菩提寺です。
本堂背後にある呑湖閣は2代藩主・前田利長が小堀遠州に依頼して建立した二重楼閣で、金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)、飛雲閣(西本願寺)と並んで「京の四閣」と称されています。
養徳院
養徳院とは足利義満の弟・満詮が亡夫人の為に東山祇園に建立した妙雲院を起こりとし、義満の没後に大徳寺内に移り、満詮の法号・養徳院に因んで寺名としました。
龍源院
龍源院とは永正年間(1504~21)に大徳寺72世東渓宗牧を開祖として、畠山義元、大友義長、大内義興が建立した寺院です。
大徳寺の山号・龍宝山の「龍」と、臨済宗松源派の祖・松源崇岳の禅を継承する松源一脈の「源」を採っています。
大仙院を本庵とする大徳寺北派に対して南派の本庵とされています。
神仏分離により大阪・住吉神社内の慈恩寺と、金森長近が大徳寺内に建立した金竜院を合併しました。