本年初頭、公私共にお付き合い下さっておりますご夫妻から一本のお電話を頂きました。「島原にあるガストロノミー・レストランの五周年を記念し、デザインした唯一無二の作品を贈りたい」といった内容でした。
海、川、山と豊かな自然が織り成す島原の地でしか食べる事のできない料理、そこに介する人の繋がりから届けられる地産の恵みを文化として伝えていく、「自然と文化の共存」がコンセプトになっているという事を伺い、様々な協議を重ねた結果、「浜野まゆみ」先生に制作をお願いする事となりました。浜野まゆみ先生は武蔵野美術大学日本画学科、佐賀県立有田窯業大学校を卒業後、柴田コレクションに魅せられ、現在は佐賀県で肥前磁器の技術を踏襲した作品を展開されています。個展を開催すると即日完売という人気ぶりで作品の入手は困難を極めます。
現在の長崎県と佐賀県の一部は江戸時代には「肥前」と呼ばれていました。「有明海の水平線を臨む長崎県のロケーションに佐賀県の浜野まゆみ先生の作品でより空間が昇華されるように」という依頼者様が島原を想う心憎い演出です。
デザインを考案されたのは依頼者様と気の置けない仲である「横川志歩」先生です。花が入れられた空間との調和を熟慮し、いくつかの原案から一つの候補が選ばれます。表面は無文で釉薬を施さない柔らかな肌合いを意識したものとする一方、機能性を踏まえて内部には釉薬を施した方がという浜野まゆみ先生の意見が組み込まれていきます。
古伊万里の中に釉薬を施さない作品も僅かながら伝世していますが、これはイレギュラーな技法であり、浜野まゆみ先生は多くの窯元を巡りながら、素焼きで理想の白を追求するという無理難題を実現して下さいました。
数ヶ月に及ぶプロジェクトの末、出来上がった白磁花器。浜野まゆみ先生により更なる発展の祈りを込め、「翔」と命銘して頂きました。高台内には浜野まゆみ先生が20~30代前半に使用された「蝙蝠」の在銘。中国では蝙蝠の「蝠」が「福」と同音である事から吉祥を意味し、「五羽の蝙蝠」は「五福」と呼ばれ、長寿、富貴、栄達、健康、子孫繁栄の象徴とされました。「五周年」に「五福」という想いも掛けられています。
現地において横川志歩先生の手により花器に命が吹き込まれ、一つのストーリーは完結を迎えました。依頼者様の想いの下に芸術家が集い、一つの美術品が生み出されていく流れの過程が本当に美しく、この上ない素晴らしい経験をさせて頂きました。pesceco様、五周年おめでとうございます。ますますのご発展をお祈り申し上げます。