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 天平堂
唐三彩美人俑(唐時代)-y1

唐三彩美人俑(唐時代)

400,000(税込)

華やかな盛唐文化の精華を象徴する唐三彩の美人俑です。両手を前に添え、穏やかな表情を湛える優雅な姿は、宮女の面影を映し出しています。古代中国では死後の世界は現世の延長と捉えられており、こうした陶俑は来世においても主人に仕えるために安置されました。陶俑に託された祈りと美への希求は千年の時を経てなお、鑑賞者の心を揺さぶり、悠久の文化の息吹を伝えています。

商品コード
260108-2
時代
唐時代
8世紀
重量
468g
横幅×奥行
7.5×7.5cm
高さ
25.6cm
次第

桐箱(張込箱)
状態
良好

艶やかで冴えた釉薬が美しく、共直し等の目立った痛みもなく、良好な状態を保っています。

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唐三彩

唐三彩とは唐時代に西安(旧:長安)や洛陽周辺の窯を中心に焼成された三彩釉陶です。
本来は明器(副葬品)として制作されたもので、日常使用を目的とした器物ではありません。
王侯貴族の墳墓を華麗に飾る芸術品であると同時に、
シルクロードを介した東西文化交流を象徴する至宝です。
1905年(光緒31年)、開封(汴京)と洛陽を結ぶ汴洛鉄道の敷設工事中に大量の唐三彩が出土しました。
それまでほとんど知られていなかった極彩色の明器の発見は世界を驚嘆させ、
欧米の蒐集家たちは競うように求めました。
こうして唐三彩は瞬く間に中国陶磁を代表する存在として国際的な評価を確立するに至ります。
日本では長らく明器を忌避する風潮がありましたが、唐三彩の美に魅了された蒐集家が次第に現れ、
器物の純粋な美を鑑賞する「鑑賞陶磁」という新たな蒐集理念が形成されました。
細川護立(永青文庫)、岩崎小弥太(静嘉堂文庫美術館)、横河民輔(東京国立博物館コレクション)、
出光佐三(出光美術館)らは、唐三彩蒐集の中心人物として知られています。
出土例は王侯貴族や高級官僚の本拠地であった陝西省西安および河南省洛陽が圧倒的に多く、
これに貿易港として栄えた江蘇省揚州が続きます。
近年の発掘調査の進展により、遼寧省、河北省、山西省、山東省、甘粛省、湖北省、安徽省、江西省など、
分布は中国各地へと広がり、極めて広範な地域に及ぶことが明らかになっています。
制作工程は可塑性に富む軟質の胎土を成形し、約1,200℃で素焼きした後、
冷却して、基礎釉(透明釉)を施し、さらに緑、褐色等の鉛釉を加えて、約800-900℃で低火度焼成します。
焼成中に基礎釉が熔融して下地となるため、色釉が流動・滲透し、
釉薬同士が接する部分では自然な融合が生じ、華やかで変化に富んだ彩色が生まれました。
基本は白、緑、褐の三色ですが、藍釉を加えた「藍彩」や二彩の作品も含め、「唐三彩」と総括されています。
その影響は広範で、同時代の「遼三彩」や日本の「奈良三彩」をはじめ、
「新羅三彩」、「渤海三彩」など、周辺諸国の窯業にも大きな影響を与えました。