金箔とプラチナ箔を併用した晩年の到達点ともいえる大作です。無駄を削ぎ落とした緊張感ある端正な造形と洗練された意匠が響き合い、光と深みの共鳴を体現する幻想的な輝きを湛えています。釉裏に潜む重層的な奥行きは生涯をかけて追及した美の精華です。
- 作者
- 小野珀子
1925(大正14)年 - 1996(平成8)年
佐賀県重要無形文化財
- 重量
- 4,400g
- 胴径
- 31.1cm
- 口径
- 7.1cm
- 高さ
- 26.7cm
- 底径
- 13.7cm
- 次第
- 共箱
共布
栞
- 状態
- 完品
良好な状態を保っています。
小野珀子 1925(大正14)年 – 1996(平成8)年
小野珀子は小野琥山の長女として、愛知県名古屋市に生まれました。
1931(昭和6)年に父が名古屋製陶所を辞し、
福島県大沼郡会津美里町瀬戸町に「琥山製陶所」を創設したことに伴い、一家は同地へ移住しました。
不況下で経営は厳しさを極めましたが、
1939(昭和14)年には佐賀県嬉野市嬉野町下宿に製陶所を移設しました。
珀子のみは福島に残り、叔父のもとで女学校卒業まで養育されました。
1943(昭和18)年、会津若松高等女学校を卒業後、嬉野に戻って家業に従事しました。
当時の琥山製陶所は有田の問屋による買い付けが活発となり、活気を取り戻していました。
1948(昭和23)年に東京の大串家に嫁ぎましたが、
1960(昭和35)年に協議離婚して嬉野へ帰郷し、父の琥山製陶所デザイン室に勤務しました。
1964(昭和39)年に加藤土師萌の釉裏金彩に魅了され、独学で技法研究を開始しました。
数年にわたり失敗を重ねつつも研鑽を続け、
1969(昭和44)年についに釉裏金彩の技法を発表しました。
1970(昭和45)年、九州山口陶磁展で第一席を受賞しました。
日本工芸会西部工芸展で金賞を受賞しました。
佐賀県展工芸部門で第一席を受賞しました。
九州毎日陶芸展で準大賞を受賞しました。
佐賀美術協会展で知事賞を受賞しました。
1971(昭和46)年に日本工芸会西部工芸展で朝日金賞を受賞し、
代表作の釉裏金彩花壷「煌」が東京国立近代美術館に収蔵されました。
佐賀県展で日本経済新聞社賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、長崎放送局長賞を受賞しました。
日本工芸会西部工芸展で玉屋賞を受賞しました。
1973(昭和48)年、日本陶芸展で優秀作品賞を受賞しました。
毎日新聞社賞を受賞しました。
日本工芸会正会員となりました。
1974(昭和49)年、茶碗が迎賓館内日本館に収蔵されました。
1981(昭和56)年、日本陶磁協会賞、文化奨励賞を受賞しました。
作品がニュージーランド・シドニー美術館に収蔵されました。
1985(昭和60)年、「山竝」、「黄釉花入」が呉市立美術館に収蔵されました。
「茜の海」が敦井美術館に収蔵されました。
1986(昭和61)年、作品が外務省に収蔵されました。
1988(昭和63)年、作品がアルゼンチン美術館、外務省に収蔵されました。
1992(平成4)年、佐賀県重要無形文化財に認定されました。
金箔を大胆かつ繊細に操る金襴手や釉裏金彩を得意とし、
華麗な装飾性と現代的感覚を融合させた豪奢で幽玄な世界観を築き上げました。
釉裏金彩は図案化された金箔が黄釉や青釉の下から艶やかで幻想的な光彩を放つ高度な技法であり、
莫大な労力と時間を要するため、取り組む芸術家は極めて少ないです。
大量生産が不可能なうえ、何よりも卓越した技術力が求められます。
その第一人者として示した比類なき美意識には、現代陶芸の精華が体現されています。
釉裏金彩
釉裏金彩は陶胎に金箔を焼き付けて釉薬を施す革新的な技法であり、
1961(昭和36)年の日本伝統工芸展で九谷焼の竹田有恒が初めて発表しました。
その美に魅了された加藤土師萌は1962年(昭和37)に釉裏金彩の技法を磁器に応用することに成功し、
さらに1964(昭和39)年の久留米・石橋美術館での現代国際陶芸展において、
加藤土師萌の釉裏金彩に魅せられた小野珀子は金という素材の美をより深く追求し、
独自の表現へと発展させていきます。
制作工程
天草陶石と唐津土を約三対一の割合で調合した胎土を成形し、乾燥、素焼き、本焼きを経たのち、
地塗りの釉薬を掛けて低火度焼成し、さらに全体へ本黒漆を施すことで、
約三週間後には金箔貼りに最も適した状態へと育っていきます。
(※漆は気候に敏感であるため、湿度の高い夏季には約一週間で乾いてしまいます。)
気候の良い時期には金箔を貼ることのできる作業時間が八-十二時間ほど確保できますが、
ことに高温多湿の季節は漆が四-五時間で乾いてしまい、貼り付けが不可能になります。
大作に取り組む際の金箔貼りは、まさに時間との勝負です。
乾き具合を見極めながら、竹製のピンセットを用いて、京都・堀金に特注した厚箔を一枚ずつ置いていきます。
漆が若いうちに無理に貼れば、漆が沸き、金箔がぶつぶつと荒れてしまいます。
鑑賞陶磁としての釉裏金彩は華麗さと格調高さを備えていなければなりません。
貼り終えたのち、表面を低火度で焼き付け、透明度の高いソーダ釉を薄く施して再び低火度焼成します。
さらに釉薬を重ねては焼成を繰り返し、素焼きから数えて、およそ六度の焼成を経ることで、
金箔はようやく落ち着いた風合いを帯びます。
釉裏金彩の真価は金箔の剥離を防ぐ耐久性に加え、ガラス質の被膜を通すことで、
金属的な強い輝きが和らぎ、幽玄で品位ある煌めきを湛える点にあります。
小野珀子も当初は金箔の剥がれなど幾多の失敗を重ねましたが、
試行錯誤の末に技術を確立し、今日において、国内外の美術館に作品が収蔵されるまでに至っています。









