南座の灯をほど近くに感じる祇園の中心地。夕刻になると行燈の柔らかな明かりが足元を照らし、昼の賑わいに包まれた街並みは、しっとりとした夜の情緒へと移ろってゆきます。暖簾をくぐると、磨き込まれた鉄板を囲む端正なカウンターが迎えてくれ、木の温もりを生かした設えと穏やかな照明が心地よく調和し、店内には静かで上質な空気が流れています。奥様の細やかなおもてなしに触れ、明るいご主人との会話を楽しみながら、鮮やかな手さばきによって料理が形を成してゆく様子を眺めていると、まるで一つの舞台を観ているかのようです。ご夫婦が醸し出す温かな空気に包まれているうちに、祇園の真ん中にいることを忘れ、ゆったりとした時間が流れてゆきます。


やがて目の前に現れたのは、秋の実りを映す選りすぐりの食材の数々でした。豊かな香りを湛えた国産松茸、美しい霜降りをまとった近江牛、艶やかなフカヒレ。一品一品が主役を張るにふさわしい逸品ばかりですが、それらがご主人の卓越した技によってどのような一皿へと昇華されるのか。期待に胸が膨らむひとときもまた、カウンター席ならではの醍醐味です。(※食材の写真は一部のみ)




厚切りの鰆は、表面に香ばしい焼き色を纏わせながらも中心は絶妙なレアに。しっとりとした身の旨みにキャビアの塩味が寄り添い、炙った銀杏のほろ苦さが心地よい余韻を残します。料理を受けるのは古染付。鮮やかな呉須で描かれた雲鶴文が鰆の淡い色合いを引き立て、伸びやかで格調高い景色を生み出しています。料理と器が互いを高め合う、美しい取り合わせでした。
松茸を近江牛のサーロインで丁寧に巻き上げ、鉄板で香ばしく焼き上げます。きめ細かな肉質のサーロインは、とろけるようなやわらかさと深い旨みをあわせ持ち、内に包まれた松茸の芳香と見事に響き合います。白味噌の上品な甘みとまろやかなコク、滋味深い出汁が全体をやさしくまとめ上げ、木ノ芽の爽やかな風味が心地よいアクセントに。鉄板焼の力強さと京料理の繊細さが一つの椀の中で美しく調和した味わいでした。


鉄板で焼き上げた麺からは、松茸の出汁が染み渡った豊かな風味が広がります。濃厚な旨みのフカヒレが重なり合い、贅沢でありながら滋味深い味わいに仕上げられています。酢橘をひと搾りすれば、爽やかな酸味が全体を引き締め、味わいに軽やかな変化をもたらします。

コースの途中で登場する名物のミニハンバーガーは、思わず笑みがこぼれる一品です。フィレ肉100%のパティに、醤油で炊いたフォアグラを重ねた贅沢な仕立て。ひと口頬張れば、肉の上品な旨みとフォアグラの濃厚なコクが調和し、和のエッセンスを感じさせる奥行きのある味わいが広がります。添えられた山葵が爽やかな辛みとキレを添え、味わいを一層引き立てています。遊び心に満ちた一品でありながら、その完成度の高さにも心を惹かれました。

見事な焼き色を纏ったフィレステーキ。絶妙な火入れによって仕上げられた肉は驚くほどやわらかく、噛みしめるほどに深い旨みが広がります。傍らに添えられた松茸は、秋ならではの芳趣と凝縮した旨みを湛え、肉の味わいをより一層引き立てます。さらに実山椒の清々しい香りと爽やかな刺激がアクセントとなり、濃厚でありながら軽やかな後味へと導いてくれます。料理を受けるのは、初期伊万里の染付山水文鎬皿。伸びやかな鎬と柔らかな呉須の表情が料理に静かな品格を添え、秋の一皿をより印象深いものとしています。


季節の食材を巧みに生かした料理、さりげなく用いられた古陶の趣、そしてご夫婦の温かなおもてなし。どれもが自然に溶け合い、一夜の食事を豊かな記憶へと変えてくれます。再びこの暖簾をくぐりたいと願う人が後を絶たず、いまや予約も容易ではありません。その理由は料理の美味しさだけではなく、ご主人の美意識が隅々まで息づく、この心地よい空間そのものにあるのでしょう。祇園の灯のもと、一筋の道を真摯に歩み続けるお姿は、まさに店名の「一道」に重なるように思え、その余韻がいつまでも心に残りました。

京都市東山区祇園町南側589
祇園 一道