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 天平堂

小島漆壺斎

Shikkosai Kojima

小島漆壺斎

小島漆壺斎は江戸初期から島根県松江市にて漆工に従事する蒔絵師の家系です。
松江藩塗師棟梁・5代小島清兵衛は松江藩主であり大名茶人として名高い松平不昧公の薫陶を受け、
「漆壺斎」の号を賜りました。
以降「漆壺斎」の号を受け継ぎ、茶器を主に制作しています。


初代 小島清兵衛 生年不詳~1675(延宝3)年

初代小島清兵衛は京都烏丸の塗師・堅地屋清兵衛の次男として生まれました。
堅地屋とは漆の堅地による堅牢さを表す意味を持っています。
国替えにより信州松本から出雲へ入国した松江藩初代藩主・松平直政の招聘により、
1639(寛永16)年に松江藩塗師棟梁として入国しました。
1667(寛文7)年の出雲大社大造営の際に御造営塗師棟梁を務め、
その功により苗字帯刀を許され、「小島清兵衛」を名乗りました。


2代 小島清兵衛 生年不詳~1739(元文4)年

2代小島清兵衛は初代小島清兵衛の長男として生まれました。
号を北湖といいます。
松江藩主棟梁を務めました。


3代 小島清兵衛 生年不詳~1781(天明元)年

3代小島清兵衛は2代小島清兵衛の長男として生まれました。
1743(寛保3)年、出雲大社御造営塗師棟梁を務めました。


4代 小島清兵衛 生年不詳~1789(寛政元)年

4代小島清兵衛は3代小島清兵衛の長男として生まれました。
幼名を理兵衛といいます。
松江藩塗師棟梁を務めました。
大変な孝行者として知られています。


初代 小島漆壺斎(5代 小島清兵衛) 1761(宝暦11)年~1830(天保元)年

初代小島漆壺斎は4代小島清兵衛の子として生まれました。
幼名を正道といいます。
1789(寛政元)年、5代小島清兵衛を襲名しました。
1790(寛政2)年に参勤交代で江戸へ赴かれた松平不昧公に随従して江戸大崎の松江藩下屋敷に出仕し、
江戸で当代一の名工と謳われた原羊遊斎に師事し、蒔絵技法を習得しました。
不昧公の命により制作した狩野伊川院の下絵による「秋野棗」が趣意に叶った名品との評価を受け、
不昧公から「漆壺斎」の号を賜りました。
1817(文化14)年、二十人扶持の禄を賜りました。
不昧公は酒井抱一や狩野伊川院等の優れた下絵を原羊遊斎、小島漆壺斎に蒔絵をさせ、
御好み物を多く造らせました。
不昧公の厚遇を受け、公の美意識に基づいた品位ある茶器の製作に励み、
「不世出の名工」と称されました。


2代 小島漆壺斎 1812(文化9)年~1846(弘化3)年

2代小島漆壺斎は初代小島漆壺斎の子として生まれました。
乗継といいます。
父に漆芸を学び、1830(文政13)年に2代小島漆壺斎を襲名しました。
病弱の為、35歳で早世しました。
緻密で技巧的な蒔絵を得意としました。


3代 小島漆壺斎 1818(文政元)年~1882(明治15)年

3代小島漆壺斎は初代小島漆壺斎の子として生まれました。
2代小島漆壺斎の弟です。
幼名を林五郎、名を明受、号を鈴翁といいます。
佐野家を継ぎましたが、兄の早世に伴って小島家に復籍して家督を相続しました。
日頃から鈴の音色を愛で、自ら「鈴翁」と号した粋人で、
蒔絵でも材質に鉛、錫、貝等を用いて琳派風の作品を制作した才人でした。


4代 小島漆壺斎 1852(嘉永5)年~1929(昭和4)年

4代小島漆壺斎は八束郡佐太村の安達家から小島家の養子となりました。
幼名を豊十郎、号を能充といいます。
1882(明治15)年、4代小島漆壺斎を襲名しました。
木地の多くを「指物の名工」と云われた木地師・初代小林幸八が造った為、
秀作が多いとされます。


5代 小島漆壺斎 1885(明治18)年~1950(昭和25)年

5代小島漆壺斎は4代小島漆壺斎の次男として生まれました。
幼名を久次郎、号を青華といいます。
東京美術学校教授・辻村松華に師事しました。
1918(大正7)年、5代小島漆壺斎を襲名しました。
歴代の中でも初代小島漆壺斎に並ぶ名工と云われ、
作風は重厚で品格があります。


6代 小島漆壺斎 1911(明治44)年~1994(平成6)年

6代小島漆壺斎は5代小島漆壺斎の長男として生まれました。
幼名を理吉郎といいます。
東京美術学校工芸科漆工部へ進み、松田権六に伝統漆芸の技法を学びました。
卒業して高岡工芸学校漆工芸科で教鞭を執りますが、
父の病臥により帰郷し、
1950(昭和25)年に6代小島漆壺斎を襲名しました。
教育関係にも従事し、島根県立聾学校の設立に尽力しました。
島根県文化財専門委員、松江市文化財審議会委員等を就任しました。

6代 小島漆壺斎-1
6代 小島漆壺斎-2

7代 小島漆壺斎 1947(昭和22)年生

7代小島漆壺斎は6代小島漆壺斎の長男として生まれました。
幼名を史(後に史暉)といいます。
東京芸術大学名誉教授の新村撰吉、松田権六に師事しました。
1981(昭和56)年、7代小島漆壺斎を襲名しました。
乾漆の茶器の製作にも意欲的に試みています。


小島有理 1975(昭和50)年生

小島有理は7代小島漆壺斎の長女として生れました。
1998(平成10)年に東京大学文学部歴史文化学科美術史学を卒業後、
東京藝術大学や武蔵野美術短期大学等で学びました。
2002(平成14)年、Yuri Kojimaブランドを設立しました。
2010(平成22)年、Yuri Kojima漆Designを設立しました。
現代的な漆芸で意欲的に制作に取り組んでいます。


小島漆壺斎の作品の販売・買取しています

福岡市博多区に実店舗を構え、小島漆壺斎の作品の販売と買取を行っております。
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最後まで誠心誠意、責任を持って承らせて頂きます。