和田美之助

Minosuke Wada

初代 和田信濃大掾藤原国次 生没年不詳

 京都三条釜座に住して江戸期釜座の座衆取締等、頭として活躍しました。
「天下一釜師」の称号を有し、釜、釣鐘等を鋳造しました。

2代 和田信濃大掾藤原国次(五兵衛) 生没年不詳

 1636(寛永13)年、初代の協力の許に「知恩院大釣鐘」を鋳造しました。
以来、寛永代より専ら釣鐘等、大物師として傑作を造りました。
1689(元禄2)年、従五位を賜りました。

3代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生没年不詳

4代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生没年不詳

5代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生没年不詳

6代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生没年不詳

7代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生没年不詳

8代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生没年不詳

9代 和田信濃大掾藤原国次(吉兵衛) 生年不詳~1872(明治5)年

 号を寿茂といいます。

10代 和田美之助 生年不詳~1923(大正12)年

 下京高辻に住して雨宮金寿堂に学びました。

11代 和田美之助 生年不詳~1902(明治35)年

 先代の技術を引き継いで古作釜等の作品を多く制作しました。

12代 和田美之助 1941(昭和16)年生

 歴代の偉業を受け継いで数々の名品を制作しています。

13代 和田美之助