内本浩亮

Koryo Uchimoto

内本浩亮

 1885(明治18)年~1977(昭和52)年
内本浩亮は福岡を代表する文化人・経済人です。
慶應義塾理財科を卒業後、
九州水力電気株式会社の創立に参加し、
九州送電社長、日本発送電理事等を歴任しました。
戦後は福岡県観光連盟初代会長を長く務めました。
茶道に造詣が深く、「宗韻」と号して裏千家老分として活躍しました。
「紅蓼」や「観魚荘」の号で文人としても知られており、
松尾芭蕉の遺墨を蒐集して自費で遺墨集を刊行しました。
俳画を通して大正末年頃から福田平八郎や小杉放庵との親交があり、
茶道具や美術品の蒐集を通して松永耳庵や畠山即翁と親交を持った事でも知られています。
特に10歳年長の松永耳庵とは松永一子婦人と遠い姻戚関係で繋がっており、
慶應義塾の後輩であった事から早くに知己となり、
同じ電力業界に身を置く茶人として長く交友を続けました。