松平正信

Masanobu Matsudaira

松平正信 1620(元和6)年~1692(元禄5)年

 松平正信は松平右衛門大夫正綱の次男として生まれました。
相模国甘縄藩2代藩主、従五位下備前守です。
姓を大河内、名を忠雄・隆綱・正信、通称を主膳・備前守、
法名を流芳院月洲(淵)道雪といいます。
小堀遠州に師事し、「備前守」の名で知られる大名茶人です。
1648(慶安元)年に家督を継ぎ、
1659(万治2)年に徳川幕府に奏者番として仕え、
1686(貞享3)年まで職務に精励しました。
肥前国島原藩2代藩主・高力隆長の改易による島原城受け取りの上使、
鶴岡八幡宮の修造奉行、日光東照宮の石垣修理奉行を務めました。
1690(元禄3)年、次男・正久に家督を譲って隠居しました。
製陶に熱意を持って釜山窯に切形を送って茶碗、水指、香合等を焼成させた事は著名で、
一般にこれを「備前切形」と呼んでいます。