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 天平堂
Small Dish(9 Pieces / 12th Kakiemon Sakaida)-1

染錦桐鳳凰画揃物豆皿(9客 / 12代 酒井田柿右衛門)

御売却済

12代酒井田柿右衛門の作品は染錦の食器が中心であり、全ての作品に最高級の素材である泉山陶石を使用しました。300年以上に亘る採掘から残り少なく、使用が難しかったものでしたが、歴代柿右衛門が江戸時代から使用してきたこの材料にこだわり、伝統を追求した優れた美術食器を生み出しました。泉山陶石には鉄分が多く含まれている事から、焼成するとやや青みを帯びた素地になるのが特徴です。染付と上絵のバランスにおいては12代の右に出る者はいないとまで云われており、近代柿右衛門の創造期に相応しい気概と厳しさが宿っています。

商品コード
240108-7
作者
12代 酒井田柿右衛門
1878(明治11)年~1963(昭和38)年
佐賀県重要無形文化財
重量
約 61g(1客あたり)
口径
約 9.3cm
高さ
約 2.2cm
底径
約 5.3cm
次第
共箱(汚れがあります)
状態
完品(無傷)

使用感のない良好な状態を保っています。

Photo Gallery

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美術食器としての「錦手」

12代酒井田柿右衛門や13代酒井田柿右衛門の前半期は本格的な量産体制が整っておらず、
13代の後半期から14代のように「濁手(自作物)」と「錦手(窯物)」の区別が明確にされていません。
この頃は食器一つを例に挙げても「美術食器」として位置付けされており、
染付銘の有無により価値を定めるのではなく、作品の質を重視するべきです。
窯の経営には全く無頓着であった一方、優れた作品を造る為には決して妥協を許さず、
柿右衛門窯の職人達は12代の一挙一動に大変神経を使っていました。
13代の後半期からは実用食器としての要素が強くなります。


12代 酒井田柿右衛門 1878(明治11)年~1963(昭和38)年

12代酒井田柿右衛門は11代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれました。
本名を正次といいます。
1917(大正6)年、12代酒井田柿右衛門を襲名しました。
1919(大正8)年、実業家・小畑秀吉と「柿右衛門焼合資会社」を設立しました。
1921(大正10)年、九州沖縄一府八県連合共進会で銀牌を受賞しました。
1926(大正15)年、実業功労者として表彰を受けました。
1927(昭和2)年、御大典の際に置物を献上しました。
1928(昭和3)年に柿右衛門焼合資会社を脱退し、
「角福」銘の商標を譲り渡した柿右衛門家は新たに「柿右衛門作」という銘に切り替えました。
1940(昭和15)年、工芸技術保存作家の指定を受けました。
1953(昭和28)年、長男・渋雄(13代酒井田柿右衛門)と濁手素地の復興に成功しました。
1954(昭和29)年、佐賀県重要無形文化財に認定されました。
1955(昭和30)年に「柿右衛門」の製陶技術が文化財保護委員会より、
記録作成等の措置を構ずべき無形文化財として選択を受けました。
日本工芸会会長賞を受賞しました。
1957(昭和32)年、文化財保護委員長賞を受賞しました。
1958(昭和33)年、ブラッセル万国博覧会でグランプリを受賞しました。
1962(昭和37)年、勲四等瑞宝章を受章しました。
11代から引き続く困難な世相と厳しい経営状態の中、
苦労の末に手に入れた「角福」銘の商標を譲り渡すという苦難を経験しながらも、
柿右衛門窯の伝統と作風を守り抜きました。
頑固な職人気質と完璧主義の飽くなき伝統の追求から、
「近代柿右衛門復興の祖」として絶大な功績を残しました。
長男・渋雄と手掛けた濁手素地の復興は、
12代の晩年を飾るに相応しい究極の到達点・偉業となりました。
歴代柿右衛門の中でも名工の誉れが高く、
濁手発表に至るまでに残した錦手は12代の苦悩の結晶ともいえます。