典型的な緑釉壺ですが、特筆すべきは銀化の流れです。瑞々しい肌合いに艶を帯びたラスターが幻想的に輝き、美しい景色を生み出しています。胴部には鋪首(獣面形の座金具)と環が緻密に模られ、器形をより特徴付けています。
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- 商品コード
- 230602-8
- 時代
- 後漢時代
1~2世紀
- 重量
- 3,690g
- 胴径
- 27.5×26.7cm
- 口径
- 17.3cm
- 高さ
- 33.1cm
- 底径
- 17.5cm
- 次第
- 桐箱
- 状態
- 完品
抜群の肌合いに見事な銀化が美しく、良好な状態を保っています。口縁や環に僅かな削げがありますが、後漢時代の作品ですので特に傷という範疇には含まれません。
漢緑釉
中国・漢時代の焼物としてよく知られているのは灰陶や低火度鉛釉を基礎釉とした緑釉陶器です。
色目の煌びやかな低火度釉陶器はオリエントで早くから栄えており、
中国でその釉法が広く用いられるようになるのは漢時代に入ってからです。
この褐釉や緑釉を施した陶器は死者への祈りを込めて墳墓に副葬する為に造られた明器であり、
青銅器に代わって重宝されました。
緑釉陶器の隆盛は後漢時代の1~2世紀頃で河南省や陝西省を中心に流行しました。
中核を成す工房は長安と洛陽の二都を中心に配置されていましたが、
これは明器を所望する貴族階級の人々が都近郊に集中していた為と考えられており、
出土例がこの地域に集まってくるのは必然です。
前漢時代に隆盛した褐釉は緑釉全盛の陰に没していき、
生産量は圧倒的に緑釉が多いです。
土は鉄分を多く含んだ細密なもので彩陶や灰陶とほぼ同質です。
貴重な青銅器に代用される副葬品として造られた為に殆どがその器形を写しており、
特殊な器形を除いて成形はほぼ轆轤で成されます。
釉薬の主体は珪石等のガラス質でこれに酸化銅の呈色剤を加えると緑色が得られ、
胎土に釉薬を熔着させる媒熔剤としての鉛を加えて初めて完成に至ります。
鉛を含んでいる為、
緑釉の表面には銀虹色の膜を生じた物も多く見られます。
これは長年の土中間で鉛が析出して徐々に変化する現象で風化した釉面が薄膜状に剥離し、
外光を干渉して雲母のような虹彩色を発します。
神秘的な美しさを添加し、「銀化」や「ラスター」と呼ばれて喜ばれています。
釉薬は厚くたっぷりと掛けられていますが、壷瓶類の内側にまでは掛けられていません。
内側に釉薬が掛かっていないと水分が滲み出てしまう欠点となりますが、
実用品ではない明器故に外側の目に付く部分だけに掛かっていれば問題ありませんでした。
緑釉も褐釉も殆どが単独で用いられますが、稀にこの二釉を一器に併用する事があります。
褐釉を一面に掛けた後、部分的に緑釉を加えたり、緑釉で彩文したりしています。
逆に緑釉地に褐釉を加えるといったケースは知られていません。
この二釉の併用は緑釉が安定せずにかせて剥落し、美しい二彩になった例は少ないです。
少量しか造られなかったのにはそのような制作上の理由もあると考えられています。
銅は1,000℃以上の高温で焼成すると気体となって揮発してしまう為、
700~800℃前後の低火度焼成が行われました。
焼成方法には壷の口と口とを合わせて焼いた対口焼が知られています。
このような焼成方法を執っている事から壷の口縁は釉薬が剥離しており、
上に重ねて焼いた壷は釉薬が裾から口の方向へ流れて口縁に釉溜りが突起しています。
灰陶にはこういった焼成方法の癖はありません。