古美術 天平堂

李朝染付花文壺(朝鮮時代)

600,000

多産の柘榴文と吉祥の蝙蝠文が描かれた李朝後期の優品です。豊満優美な造形を強調する曲線美、しっかりとした厚みのある器壁、深く削り込まれた力強い高台と、並みの作品とは一線を画します。

商品コード
220602-3

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時代
朝鮮時代
19世紀
重量
950g
胴径
15.1cm
口径
8.9cm
高さ
12.8cm
底径
8.7cm
次第
桐箱(壺中居 箱)
状態
口縁に小ボツがあります

柔らかみある地肌、美しい染付の発色、焼き上がりも秀抜です。高台内の窯疵(鳥足)にやや染みが生じています。


李朝(李氏朝鮮)

李朝とは1392年に李成桂が朝鮮半島に建国した朝鮮最後の統一王朝です。
朝鮮の国号は李成桂が明国王に認知を求め、1393年に採択した経緯があります。
「李朝」の呼称は通称にすぎませんが、
日本ではこの通称が定着して長く用いられています。
漢城(現:ソウル)を首都とし、
政治理念を儒教において絶対的な社会性としました。
国教である儒教の精神は人々の生活の規範として深く浸透し、
現世の実質的生活を尊び、清廉潔白を崇め、醇朴で倹素な気風を養う事が理念とされます。
節用を重んじた体制下では遂に色絵が焼成される事はありませんでした。
このように李朝では高麗時代の仏教が衰え、抑仏崇儒政策が急速に推し進められました。
「白」は神聖と簡素を旨とする清浄無垢な色彩であり、
祭器においても白磁が用いられました。
祭器は李朝全期を通して盛んに焼成されましたが、
儒教が人々の心の奥にまで浸透してきた李朝中期は特に注目されています。
李朝前期の体制に従う為だけの儀式も李朝中期には精神の拠り所として根付いていきます。
李朝前期における祭器の使用は社会の上層部だけに限られていましたが、
李朝中期以降は一般庶民も儀式に従って先祖の霊を祭る習慣が生活の中心を占めてきます。
こうして国全体における祭器の需要は膨大なものとなり、
増加の傾向を辿っていきました。
日清戦争(1894~1895)後の1897年に国号を「大韓」と改称しました。
日露戦争(1904~1905)後は日本の保護国となり、
1910年の韓国併合で滅亡しました。


柘榴

柘榴は果樹や観賞用として、日本には平安時代に渡来しました。
6月頃に鮮紅色五弁の筒状花を開き、
果実は秋に熟して大きな球形を呈します。
果皮は黄紅色で黒斑があり、
熟すると裂けて中にある多数の種子を一部露出します。
中国では多産を意味する吉祥文様であり、
日本でも鬼子母神の象徴として吉祥果とされています。


蝙蝠

蝙蝠の語源は蚊をよく捕食する事から「蚊屠り」と呼ばれたのが由来とされています。
視覚は鈍く、声帯から超音波を発して反響を聞きながら障害物との距離を計ります。
中国では蝙蝠の「蝠」が「福」と同音である事から吉祥を意味し、
「五羽の蝙蝠」は「五福」と呼ばれ、
長寿、富貴、栄達、健康、子孫繁栄の象徴とされました。
蝙蝠の文様が単独で用いられる事は極めて少なく、
李朝では壽字や蓮文様と組み合わされたりして用いられています。