古美術 天平堂

黒茶碗(6代 樂左入)

御売却済

温和で優しい風情を醸し出した黒茶碗です。やや小振りですが、表情ある豊かな作行と存在感が際立っています。5代樂宗入の娘婿である左入は伝統ある名跡を継ぐ為に並外れた努力を重ね、樂焼、光悦、瀬戸黒の名碗から多くを習得し、それまでの樂家にはない新しく自由な表現を生み出しました。古樂茶碗は傷や入を伴ったコンディションに難がある作品が多いのですが、現品は無傷完品という極めて良好な状態を保っています。

作者
6代 樂左入
1685(貞享2)年~1739(元文4)年
状態
完品
重量
227g
10.6cm
高さ
6.9cm
底径
4.6cm
次第
10代 樂旦入 識箱
15代 樂吉左衛門 識箱

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年表(桃山~江戸時代)


6代 樂吉左衛門(左入) 1685(貞享2)年~1739(元文4)年

6代樂吉左衛門は大和屋嘉兵衛の次男で5代樂吉左衛門(宗入)の婿養子となりました。
名を惣吉(後に吉左衛門)、号を左入、諱を嘉顕といいます。
1708(宝永5)年、6代樂吉左衛門を襲名しました。
1728(享保13)年、長入に家督を譲って隠居し、「左入」と号しました。
表千家6代覚々斎宗左より「左」字を授かった事に由来します。
1733(享保18)年に表千家7代如心斎宗左の引き立てで造られた、
「左入二百」と呼ばれる赤黒茶碗を合わせた200碗の連作は、
表千家社中に配られた代表作で左入の造形追求の成果を見る事ができます。
如心斎が作行に合わせて銘を付けている事から茶人間で重宝されています。
樂焼、光悦、瀬戸黒の名碗から多くを習得し、
それまでの樂家にはない新しく自由な表現を生み出しました。
長次郎、ノンコウ、光悦写しに優れた茶碗が知られており、
如心斎から皆伝を許可されました。
妻・妙修も陶技を嗜んで「妙修焼」と称し、紀州徳川家に献上しています。


10代 樂吉左衛門(旦入) 1795(寛政7)年~1854(安政元)年

10代樂吉左衛門は9代樂吉左衛門(了入)の次男として京都に生まれました。
名を市三郎(後に惣治郎・吉左衛門)、諱を喜愷、号を秀人・旦入といいます。
1811(文化8)年、10代樂吉左衛門を襲名しました。
1819(文政2)年に紀州徳川家10代藩主・徳川治宝が御庭焼(偕楽園窯)を創設した為、
表千家9代了々斎宗左や父に同候して従事しました。
その後もしばしば紀州家を訪れて、
1826(文政9)年には治宝候の筆による隷書「樂」を拝領し、
大小二つの「拝領印」としました。
1834(天保5)年に紀州徳川家11代藩主・徳川斉順が湊御殿御庭焼(清寧軒窯)を創設した際、
製陶に従事して「清寧印」を用いました。
1838(天保9)年の長次郎二百五十回忌に黒茶碗を250碗制作し、
表千家10代吸江斎宗左から授かった「行書印」を用いました。
1845(弘化2)年、慶入に家督を譲って隠居し、「旦入」と号しました。
吸江斎より「宗旦」の「旦」字を授かった事に由来します。
旦入の箆削りは間合いの良い洒脱な趣があり、
樂茶碗における箆削りは旦入によって完成されたといえます。
襲名後は小沼日向守の筆といわれる下部が正しい「木」の「木楽印」をよく用い、
隠居後は大徳寺447世拙叟宗益による「隠居印」が用いられています。


15代 樂吉左衛門(直入) 1949(昭和24)年生

15代樂吉左衛門は14代樂吉左衛門(覚入)の長男として京都に生まれました。
名を光博(後に吉左衛門)、号を直入といいます。
1973(昭和48)年、東京芸術大学彫刻科を卒業後、イタリアに留学しました。
1981(昭和56)年、15代樂吉左衛門を襲名しました。
1987(昭和62)年、日本陶磁協会賞を受賞しました。
1988(昭和63)年、長次郎四百回忌を営みました。
1991(平成3)年、京都美術文化賞を受賞しました。
1992(平成4)年、日本陶磁協会賞金賞を受賞しました。
1993(平成5)年、MOA岡田茂吉優秀賞を受賞しました。
1997(平成9)年、織部賞を受賞しました。
1998(平成10)年、毎日芸術賞を受賞しました。
2000(平成12)年、フランス政府より芸術文化勲章・シュヴァリエを受章しました。
2001(平成13)年、京都府文化賞功労賞を受賞しました。
2006(平成18)年、MOA岡田茂吉大賞を受賞しました。
2007(平成19)年、京都市文化功労賞を受賞しました。
滋賀県守山市の佐川美術館に「樂吉左衛門館」が新設されました。
京都市文化功労者として顕彰を受けました。
2019(令和元)年、長男・篤人に家督を譲って隠居し、「直入」と号しました。
海外でも優れた活動が注目されており、
伝統の中に現代性を付与した作風は現代における樂焼を掲示しています。
「焼貫」の技法を駆使した大胆な箆削りによる前衛的な作風を確立しています。