古美術 天平堂

乾山写梅寒菊茶碗(16代 永樂善五郎 / 鵬雲斎宗室 書付)

150,000

油彩を連想させる鮮やかな色彩が素晴らしい上位に属する作品です。優雅な風格に絢爛さが際立っています。表面を一面ずつ丁寧に箆で削り出し、どっしりとした安定感ある手取りを示します。

作者
16代 永樂善五郎(即全)
1917(大正6)年~1998(平成10)年
状態
完品
重量
390g
口径
12.1cm
高さ
8.5cm
底系
5.1cm
次第
共箱
裏千家15代 鵬雲斎宗室 書付
商品コード
210311-1-1

梅(文様)

梅は早春、葉に先立って色彩豊かに花を開きます。
花は五弁で色は白、紅、薄紅等があり、身近でおめでたい植物として好まれました。
香気が高く、夜に香るともいわれます。
日本にも奈良時代迄には中国から伝えられたとされており、
平安時代以降は特に香を賞で詩歌に詠まれました。
江戸時代以降は品種改良が進み、江戸中期頃から果実生産も盛んになりました。
果実は梅干しや梅漬けとし、木材は器物として使用されます。
その美しさを高潔な花として君子に例えた「四君子(菊、蘭、竹、梅)」にも含まれており、
君子とは徳が高くて品位の備わった人物を指します。
又、「三友(松、竹、梅)」、「五友(菊、蘭、竹、梅、蓮)」の一つとしても知られており、
文様に知られる「梅に鶯」とは取り合わせの良い事の喩えとされています。


菊(文様)

菊は薬草や観賞植物として、奈良~平安時代頃に中国から伝えられました。
その美しさを高潔な花として君子に例えた「四君子(菊、蘭、竹、梅)」にも含まれており、
君子とは徳が高くて品位の備わった人物を指します。
又、「五友(菊、蘭、竹、梅、蓮)」、「三香(菊、蘭、水仙)」の一つとしても知られています。
皇室の紋章(16の重弁)に採用される等、その美しさは高く評価されました。
「菊水」は流水に菊花が浮かんでいる様子を描いた日本人好みの意匠で、
南北朝時代の武将・楠木正成の家紋としても名高いです。
重陽の節句(陰暦9月9日)に奈良時代より宮中で催された観菊の宴を「菊(水)の宴」といい、
盃に菊花を浮かべた菊酒を飲むと延命長寿が叶うと信じられていました。


16代 永樂善五郎(即全) 1917(大正6)年~1998(平成10)年

16代永樂善五郎は15代永樂善五郎(正全)の長男として京都に生まれました。
名を茂一、通称を善五郎、号を即全といいます。
1930(昭和5)年に京都市立美術工芸学校に入学しましたが、
1932(昭和7)年の父の死去に伴って、
1933(昭和8)年に退学しました。
1935(昭和10)年、16代永樂善五郎を襲名しました。
1936(昭和11)年に三井高棟の大磯城山荘内に「城山窯」を築窯し、
1945(昭和20)年まで作陶に出向きました。
1958(昭和33)年、源氏物語五四帖に因んだ連作を発表しました。
これは1952(昭和27)年に京都大学文学部・吉沢義則の講義を受けた事によります。
1960(昭和35)年、「京都伝統陶芸家協会」の結成に参加して会長に就任しました。
1971(昭和46)年、表千家13代即中斎宗匠より「陶然軒」の席号を授かりました。
1983(昭和58)年、京都府文化功労賞を受賞しました。
1985(昭和60)年、文部省より地域文化功労者として表彰を受けました。
1986(昭和61)年、京都市文化功労者として表彰を受けました。
1990(平成2)年、勲五等瑞宝章を受章しました。
1992(平成4)年、京都府文化賞特別功労賞を受賞しました。
1998(平成10)年、長男・紘一に家督を譲って隠居し、「即全」と号しました。
千家十職による「千松会」等を開催し、茶陶界において精力的に活動しました。
作品は染付、色絵、金襴手、交趾、祥瑞等、華麗で伝統的な茶陶を中心としました。
源氏物語を題材とした「源氏物語五四帖」の茶陶は即全の壮年期を代表する仕事であり、
文学の世界を陶芸に融合させた作品として特筆すべきものです。


裏千家15代 鵬雲斎宗室 1923(大正12)年生

裏千家15代鵬雲斎宗室は裏千家14代淡々斎宗室の長男として生まれました。
幼名を宗興、名を宗室・玄室、号を鵬雲斎・汎叟といいます。
1946(昭和21)年、同志社大学法学部経済学科を卒業後、ハワイ大学に修学しました。
1949(昭和24)年に大徳寺503世瑞巌宗碩より、
安名「玄秀宗興居士」、斎号「鵬雲斎」を授かりました。
1964(昭和39)年、裏千家15代家元を襲名しました。
1973(昭和48)年に妙心寺管長・梶浦逸外より虚心の法名「垂示」を授かり、
虚心庵住職に就任しました。
藍綬褒章を受章しました。
1980(昭和55)年、紫綬褒章を受章しました。
1983(昭和58)年、京都市文化功労者として表彰を受けました。
1989(平成元)年、外務大臣表彰、防衛庁長官表彰、文化功労者として表彰を受けました。
1991(平成3)年に『茶経と我が国茶道の歴史的意義』の論文により、
中国国務院学位委員会の審査試問を経て、
南開大学より外国人初の哲学博士号を授与されました。
1994(平成6)年、勲二等旭日重光章を受章しました。
1995(平成7)年、国際交流基金賞を受賞しました。
1997(平成9)年、茶道界として初の文化勲章を受章しました。
2002(平成14)年、長男・宗之に家督を譲って、大宗匠「千玄室」と改名しました。
「玄室」とは裏千家4代仙叟宗室の襲名前の名で、
裏千家12代又玅斎宗室も家督を譲って隠居してからは「玄室」を名乗りました。
中華人民共和国文化交流貢献賞を受賞しました。
2005(平成17)年、外務省より日本・国連親善大使の称号を受けました。
国際ロータリー栄誉賞を受賞しました。
社団法人茶道裏千家淡交会理事、財団法人国際茶道文化協会名誉顧問、
国際ロータリー日本財団会長、財団法人日本国際連合協会会長、
財団法人京都市国際交流協会理事、財団法人平安建都1200年記念協会会長、
京都市生涯学習総合センター所長、財団法人生涯学習かめおか財団理事、
社団法人日本馬術連盟会長、国連機関沖縄誘致推進センター顧問、日本青年会議所会頭、
国際青年会議所副会頭、中央教育審議会委員、国語審議会委員、社会教育審議会委員、
大学審議会委員、京都府公案委員会委員、日本オリンピック委員会評議員、
宝塚造形芸術大学大学院教授、中国芸術研究院芸術顧問、京都学園大学名誉教授、
中国・天津商業大学裏千家茶道短期大学学長、中国・南開大学東方芸術学部顧問教授、
ハワイ大学歴史学部教授、モスクワ大学名誉教授等の要職を歴任しました。
世界の多くの大学で日本文化・茶道の講座を開設して学術交流に貢献した事から、
ハワイ大学人文学名誉学位文学博士号、マウントホリヨーク大学名誉法学博士号(アメリカ)、
シートンホール大学名誉文学博士号(アメリカ)、サンマルコス国立大学名誉博士号(ペルー)、
フェデリーコ・ビアレアール国立大学名誉博士号(ペルー)、翰林大学名誉医学博士号(韓国)、
ブリティッシュ・コロンビア大学名誉文学博士号(カナダ)、同志社大学名誉文化博士号、
国土舘大学名誉博士号、立命館アジア太平洋大学名誉博士号等、
内外の大学より名誉学位を授与されました。
海外でも茶道文化による国際文化交流・親善に寄与した功労で、
芸術文化勲章コマンドール(フランス)、レジオン・ドヌール勲章オフィシエ(フランス)、
ドイツ連邦共和国一等功労十字章、獅子勲章コマンダー一等章(フィンランド)、
サンフランシスコ科学芸術功労章(ブラジル)、クルゼイド・ド・スル勲章(ブラジル)、
グラン・オフィシャル勲章(ペルー)、勲三等白象章(タイ)、ディレクナポーン勲章(タイ)等、
各国より多数の勲章を受章しました。
又、京都市名誉市民、小松市名誉市民、世界の都市の名誉州民・市民となっています。
茶道界のトップリーダーとして文化の継承に貢献するだけでなく、
国際的な広い視野で「一碗からピースフルネス」という茶道を通じた平和理念を提唱し、
茶道文化の発展と世界平和の希求に向けた活動を展開しています。