古美術 天平堂

李朝白磁小壺(朝鮮時代)

400,000

僅かに青みを帯びた乳白色が美しい分院(分院里官窯)の優品です。豊満なフォルムを強調する曲線美、しっかりとした厚みのある器壁、深く削り込まれた力強い高台と、通常の作品とは一線を画します。李朝特有の温かさや慈愛、王家の器として相応しい品位をまとっています。

時代
朝鮮時代
19世紀
状態
完品(やや使用感があります)
重量
319g
胴径
9.3cm
口径
4.9cm
高さ
7.9cm
底径
4.8cm
次第
印籠箱(薬籠箱)
https://tenpyodo.com/dictionary/wooden-box/
横川志歩先生の花景色
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商品コード
201102-6

李朝(李氏朝鮮)

李朝とは1392年に李成桂が朝鮮半島に建国した朝鮮最後の統一王朝です。
朝鮮の国号は李成桂が明国王に認知を求め、1393年に採択した経緯があります。
「李朝」の呼称は通称にすぎませんが、
日本ではこの通称が定着して長く用いられています。
漢城(現:ソウル)を首都とし、
政治理念を儒教において絶対的な社会性としました。
国教である儒教の精神は人々の生活の規範として深く浸透し、
現世の実質的生活を尊び、清廉潔白を崇め、醇朴で倹素な気風を養う事が理念とされます。
節用を重んじた体制下では遂に色絵が焼成される事はありませんでした。
このように李朝では高麗時代の仏教が衰え、抑仏崇儒政策が急速に推し進められました。
「白」は神聖と簡素を旨とする清浄無垢な色彩であり、
祭器においても白磁が用いられました。
祭器は李朝全期を通して盛んに焼成されましたが、
儒教が人々の心の奥にまで浸透してきた李朝中期は特に注目されています。
李朝前期の体制に従う為だけの儀式も李朝中期には精神の拠り所として根付いていきます。
李朝前期における祭器の使用は社会の上層部だけに限られていましたが、
李朝中期以降は一般庶民も儀式に従って先祖の霊を祭る習慣が生活の中心を占めてきます。
こうして国全体における祭器の需要は膨大なものとなり、
増加の傾向を辿っていきました。
日清戦争(1894~1895)後の1897年に国号を「大韓」と改称しました。
日露戦争(1904~1905)後は日本の保護国となり、
1910年の韓国併合で滅亡しました。