李朝染付龍文大壺(朝鮮時代)

¥1,500,000

生命力に満ちた雄渾な龍文が前後に描かれた李朝後期の優品です。特筆すべきは最大級ともいえる大きさであり、静寂な趣と大らかな造形が織り成す豊かな作行に魅了されます。口縁に入が僅かに見られるだけで極めて良好な状態を保っており、発色や焼き上がりも一級品の条件を備えています。

在庫あり

時代朝鮮時代
18世紀後半〜19世紀
状態口縁に入が2本あります
重量8,240g
胴径30.0cm
口径16.3cm
高さ50.0cm
底径18.5cm
次第桐箱
商品コード: 200802-10 商品カテゴリー:

説明

李朝(李氏朝鮮)

李朝とは1392年に李成桂が朝鮮半島に建国した朝鮮最後の統一王朝です。
朝鮮の国号は李成桂が明国王に認知を求め、1393年に採択した経緯があります。
「李朝」の呼称は通称にすぎませんが、
日本ではこの通称が定着して長く用いられています。
漢城(現:ソウル)を首都とし、
政治理念を儒教において絶対的な社会性としました。
国教である儒教の精神は人々の生活の規範として深く浸透し、
現世の実質的生活を尊び、清廉潔白を崇め、醇朴で倹素な気風を養う事が理念とされます。
節用を重んじた体制下では遂に色絵が焼成される事はありませんでした。
このように李朝では高麗時代の仏教が衰え、抑仏崇儒政策が急速に推し進められました。
「白」は神聖と簡素を旨とする清浄無垢な色彩であり、
祭器においても白磁が用いられました。
祭器は李朝全期を通して盛んに焼成されましたが、
儒教が人々の心の奥にまで浸透してきた李朝中期は特に注目されています。
李朝前期の体制に従う為だけの儀式も李朝中期には精神の拠り所として根付いていきます。
李朝前期における祭器の使用は社会の上層部だけに限られていましたが、
李朝中期以降は一般庶民も儀式に従って先祖の霊を祭る習慣が生活の中心を占めてきます。
こうして国全体における祭器の需要は膨大なものとなり、
増加の傾向を辿っていきました。
日清戦争(1894~1895)後の1897年に国号を「大韓」と改称しました。
日露戦争(1904~1905)後は日本の保護国となり、
1910年の韓国併合で滅亡しました。


絵文様の解説

龍は水中に棲んで空を飛翔し、雲を起こして雨を呼ぶという想像上の生物です。
古来中国では麒麟、鳳凰、霊亀と共に「四霊(四瑞)」の一つとして尊崇されました。
中国で龍は皇帝、鳳凰は皇后の象徴として知られ、
朝鮮や日本においても重要な装飾文様として定着しました。
1297(大徳元)年に一般庶民の使用する龍爪は四爪とする建白が行われ、
1314(延祐元)年に元王朝は五爪二角の龍を皇帝・宮廷の象徴文様に決定しました。
明・清王朝もこの制度を継承し、御器廠(景徳鎮官窯)において使用されました。
日本にはこうした五爪龍の思想は入りませんでした。
虚栄を張って頭を下げる事を好まない独裁者である君主を龍に例え、
世を丸く統治できる威徳が備わった名君であって欲しいと願望する庶民の心を反映して、
龍を丸く描いた団龍文様が描写されたとも伝えられています。