盛期鍋島色絵桜花籠文皿

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花籠に桜花を散らして春の訪れを祝った絢爛な盛期鍋島です。日本人にとって特別な花である桜を引き立てる為にあえて赤一色に絞り、下方の青海波文は染付でも良さそうなところを手間暇の掛かる墨弾きで表現する等、主文様を最大限に引き立てる為の創意工夫が盛期の高い品格を昇華させています。デザイン性に優れた和様の情緒溢れる作品として高い評価を確立しています。

御売却済

時代江戸中期(17世紀後半~18世紀前半)
状態完品
口径15.0cm
高さ4.4cm
底径8.0cm
次第二重箱(薬籠張込箱、塗箱)
アクリル皿立付
類似品『鍋島 原色愛蔵版 日本の陶磁10』、中央公論社、P126,No234.
商品コード: 190213-9 商品カテゴリー:

説明

鍋島焼

 鍋島焼とは肥前国佐賀藩鍋島家の庇護の下に、
松浦郡大川内山の鍋島藩窯で焼成された精巧で格調高い特別誂えの磁器です。
日本では唯一の官窯的性質を持ち合わせた世界に誇れる最高傑作品であり、
その技術練度は柿右衛門様式を遥かに凌いで極めて高い評価を確立しています。
最上質の物は中国の御器廠(官窯)に比肩しうるといっても過言ではありません。
将軍家への献上を目的として幕藩体制における公儀権力への忠誠服従の表徴、
更に諸大名との公誼和親の証に藩外へ散布されました。
伊万里焼のように販売を目的とした物ではなく、
江戸時代を通して採算度外視で焼成している為に一般には全く市販されませんでした。
藩窯の基本姿勢であった茶陶路線は執らず、皿を中心とした実用器に焦点を当てました。
肥前地方では焼物の生産地区を「山」と呼び、
鍋島藩では御用品を焼成する窯場を「御道具山(鍋島藩窯)」と称しました。
又、「(御)留山」とは御殿様の窯場という意味で最高の敬意を含んだ呼称です。
鍋島藩窯には肥前諸窯から最高練度の技術をもつ職人が召致され、
他窯場と離れた幽境で厳格な組織下に藩窯の作風確立が図られました。
陶工は31人、生産数は年間5031個と幕末の記録に残っています。
尚、出入り口には関所を設けて関係者以外の通行を禁止し、
このような厳重な警戒態勢を極めていたのは藩窯秘技の漏洩を防ぐ為でした。
ここで働く職人は全て名字帯刀を許可され、一切の公課は免ぜられたと伝えられます。
有田町の中心から直線にして北に約5kmの鍋島藩窯跡へ行くには遠回で迂回せねばならず、
その行程となると8kmは十分にあり、鍋島藩窯を隔離する上で適当な距離でした。
生産は中国の御器廠に倣った各専門による分業体制で自己の最善が尽くされました。
一枚の皿といえども多数の職人の手を経ています。
又、献上品故に運搬中の破損事故も考慮して製品は余分に造られました。
盛期は優れた技法に裏付けされた完成度の高いもので最高峰の技術が集約されています。
染付や青磁等がありますが、最も主たるものが世にいわれる「色鍋島」です。
色鍋島は染付で輪郭線を描いて赤、緑、黄の基本色で枠内に上絵付けをします。
この技法は明時代・成化年間(1465~87)の豆彩(闘彩)を踏襲して洗練された技術を示し、
労力を惜しまない採算度外視の御用窯だからこそ実現する事ができました。
文様の特徴は中国や朝鮮の図案影響を脱して和様の情趣を反映しているところにあります。
自然界の植物文を中心とした独自の風格をもつ洗練されたデザインです。
又、山水や能衣装、桃山・江戸時代の絵手本からも画題を採り入れています。
代表的な器形は轆轤成形による木盃形という高い高台に特色がある皿です。
通常の有田民窯に比べて高台が高いというのは格式を演出する意味合いも考えられます。
高台の外面周囲には多くの作品に櫛歯文と呼ばれる特殊な模様が染付で描かれており、
当時は基本的に鍋島藩窯だけに許された技法で他窯においては厳重に禁じられました。
盛期は染付で輪郭線を描いた中に濃みを入れていく綿密な手法を執っていますが、
時代が下がるに連れて簡略化された一本線で描かれるような退化傾向が現れます。
製品には極めて細心の注意を払い、検査役員の数回に及ぶ厳重な検査が行われます。
選考された合格品だけが藩に納められ、欠点をもつ不合格品は残らず破砕されました。
役員には不合格品を密かに着服した者もいて、一部を民間に密売したという説もあります。
1871(明治4)年の廃藩置県によって鍋島藩窯も廃窯となりました。

鍋島焼

墨弾き

 墨弾きとは染付地に白線の白抜き文様を描く装飾技法です。
素焼きした素地に墨で文様を描いて呉須で濃染めすると、
墨に含まれる膠質から墨描き部分の呉須が弾かれます。
これに施釉して本焼きすると墨は高温で焼失し、白抜きの線や文様が現れます。
尚、施釉時に墨が釉薬まで弾いてしまう場合もあり、
施釉前に素焼き程の温度で空焼きすると墨の部分が焼失して施釉も完全となります。
盛期鍋島の作品はこのように一度空焼きして墨抜きが行われました。
伊万里等の廉価品においては墨抜きを行う事なく、そのまま施釉して焼成されました。