朱富士(田崎広助)

¥500,000

朱富士とは晩夏から初秋にかけての早朝に雲、霧、朝陽の関係から富士山が赤く染まって見える現象です。一年の間で僅かな期間、限られた時間のみでしか見られない一瞬の美しさから吉祥の象徴ともされています。悠然とそびえ立つ朱富士が目の覚めるような鮮烈な濃色で描かれており、最晩年の逸品である事が田崎広助鑑定会(坂本貴美子さん)により高く評価されています。

在庫あり

作者田崎広助
1898(明治31)年~1984(昭和59)年
文化勲章受章者
状態良好
キャンバスサイズ3号
(縦)22.0×(横)27.3cm
額サイズ(縦)35.8×(横)41.1cm
種類キャンバスに油彩
次第「田崎広助鑑定登録会」鑑定登録証(K022001)
「田崎陽之介」鑑題シール(No.4-20)
「田崎広助鑑定会」鑑定書(NO.SH902045)
額装
タトウ箱
商品コード: 181022-23 商品カテゴリー:

説明

田崎広助 1898(明治31)年~1984(昭和59)年

 田崎広助は田﨑作太郎の長男として福岡県八女郡に生まれました。
本名を田﨑廣次といいます。
1917(大正6)年、福岡県師範学校(現:福岡教育大学)を卒業しました。
1920(大正9)年、安井曾太郎に師事し、坂本繁二郎の知遇を得ました。
1932(昭和7)年、渡欧してパリに留学しました。
1933(昭和8)年、サロン・ドートンヌ賞を受賞しました。
1937(昭和12)年、東京都練馬区豊玉北に自宅アトリエを構えました。
1939(昭和14)年、一水会の創立に参加しました。
1949(昭和24)年、日展審査員に就任しました。
1958(昭和33)年、日展評議員に就任しました。
東京都美術館参与となりました。
1961(昭和36)年、日本芸術院賞を受賞しました。
1965(昭和40)年、長野県軽井沢町三笠に別荘アトリエを構えました。
1967(昭和42)年、日本芸術院会員となりました。
日展常任理事に就任しました。
1968(昭和43)年、勲三等瑞宝章を受章しました。
1973(昭和48)年、ブラジル政府から最高名誉文化章を受章しました。
1974(昭和49)年、ブラジル政府からコメンダドール章とオフィシエ章を受章しました。
1975(昭和50)年、文化勲章を受章しました。
文化功労者として顕彰されました。
1976(昭和51)年、立花町(八女市)名誉町民として顕彰を受けました。
1978(昭和53)年、日展顧問に就任しました。
1986(昭和61)年、軽井沢に田崎美術館が開館されました。
2016(平成28)年、八女市に田崎廣助美術館が開館されました。
幼年期は故郷の恵まれた山河等の大自然を駆け巡り、
雄大な自然を相手に無心に絵を描いていったと伝えられます。
温かみと大胆さを兼ね備えた作風で「山岳画家」として日本の山をモチーフとし、
熊本の阿蘇を題材にした作品が目立ちます。
晩年は富士山を題材に朱富士を多く残しました。