日本工芸会・日展・日本芸術院 古美術天平堂

美術団体

●日本工芸会

1950(昭和25)年に制定された文化財保護法に基づいて文化財保護委員会(現:文化庁)は、
1952(昭和27)年までの間に助成の措置を構ずべき無形文化財を選定しました。
1954(昭和29)年、第一回無形文化財日本伝統工芸展が開催されました。
文化財保護法の一部が改正され、新たに重要無形文化財の指定制度が設けられました。
1955(昭和30)年、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定が行われました。
最初の認定者である富本憲吉、浜田庄司、荒川豊蔵、石黒宗麿、松田権六、
旧選択を受けた加藤土師萌達を中心に日本工芸会が結成され、社団法人として発足します。
(社)日本工芸会は「陶芸」、「染織」、「漆芸」、「金工」、「木竹工」、「人形」、「その他の工芸」
の七部門から成る伝統工芸作家の全国的な組織です。
重要無形文化財保持者(人間国宝)を中心に正会員、準会員、特別会員等で構成されます。
全国に東日本、東海、富山、石川、近畿、中国、山口、四国、西部の九支部が設置され、
個々に研究会や支部展が開催されています。
日本工芸会は文化財保護法の精神に則って無形文化財の保護育成を図る為に、
伝統工芸技術の練磨、保存と活用、発展を期して文化の向上に寄与する事を目的とし、
調査研究、記録の作成、伝承者の養成、展覧会等の諸事業を実施しています。
文化庁等と共催される日本伝統工芸展は優れた伝統工芸技術を伝承しながら更に練磨し、
現代生活に即した工芸の創造を提唱して毎年開催される国内最高峰の展覧会です。
1960(昭和35)年以降は公募展となり、全国九支部で開催されています。
国は日本伝統工芸展の出品作品を中心として毎年作品の購入を行い、
文化庁や東京国立近代美術館で保管・公開すると共に各地の展覧会にも貸与しています。
更に国際交流基金や新聞社等の協力によって文化庁所蔵の作品等による海外展を開催し、
日本の伝統工芸の真髄を世界に伝える活動も行っています。

●日本美術展覧会(日展)

1.文部省美術展覧会(文展) 1907(明治40)年〜1918(大正7)年
1879(明治12)年に日本美術協会が創設されて絵画や工芸品の展観を行ったのを契機とし、
個展や各派の展覧会が広く開催されましたが、
美術界ではこれら各派を網羅した一大展覧会を開催したいという機運が高まります。
そこで文部省は1907(明治40)年に美術審査委員会官制を制定して美術展覧会規定を公布し、
日本画、洋画、彫塑の三部制で第一回文部省美術展覧会(文展)を開催しました。
文展は全国規模の定期的な総合美術展として1918(大正7)年まで続けられ、
日本の美術発展に功績を残して国民の関心を集めました。

2.帝国美術院展覧会(帝展) 1919(大正8)年〜1934(昭和9)年
文展の末期には審査委員の任命や授賞等に批判があり、
美術展覧会だけを開催する政府の美術行政に対して改革の声が内外に強まります。
そこで、1919(大正8)年に帝国美術院規程が制定され、帝国美術院が創設されました。
帝国美術院は文部省に代わり第一回帝国美術院展覧会(帝展)を開催しました。
1927(昭和2)年にはそれまでの三部制に第四部(美術工芸)が加えられました。
帝展は1923(大正12)年の関東大震災の年を除いて、1934(昭和9)年まで続けられました。

3.文部省美術展覧会(新文展) 1937(昭和12)年〜1943(昭和18)年
1935(昭和10)年に帝国美術院官制が制定され、
文相・松田源治は有力な在野美術家を結集して美術界の統制を試みます(松田改組)。
この制度は美術家に動揺や不満を齎して美術界は紛糾しました。
1937(昭和12)年に帝国芸術院官制が制定され、帝国芸術院が創設されました。
美術展覧会の開催は帝国芸術院より分離され、
再び文部省主催の文部省美術展覧会(新文展)として四部制で開催される事になりました。
新文展は1943(昭和18)年まで続けられました。

4.日本美術展覧会(日展) 1946(昭和21)年〜
戦後の1946(昭和21)年には文部省主催の日本美術展覧会(日展)として再出発しました。
1947(昭和22)年に帝国芸術院は日本芸術院と改称され、
1948(昭和23)年に日展は日本芸術院の主催となり、第五科(書)が加えられました。
1949(昭和24)年に日本芸術院令が制定され、日展運営会が創立されました。
これより日展は日本芸術院と日展運営会の共同主催となりました。
1958(昭和33)年に社団法人日展が創立し、日本芸術院と分離して民間運営に帰します。
1969(昭和44)年の役員改選を機に展覧会名称を改組日展と改めますが、
1970(昭和45)年からは再び日展として統一されました。

●日本芸術院

日本芸術院は芸術上の功績顕著な芸術家を優遇する為の栄誉機関です。
院長1名と会員で構成されています。
1907(明治40)年に文部省美術展覧会(文展)開催の為に設けられた美術審査委員会を母体に、
1919(大正8)年に帝国美術院として創設されました。
その後、1937(昭和12)年に美術の他に文芸、音楽、演劇、舞踊の分野を加え、
帝国芸術院に改組される等の拡充を経て、
1947(昭和22)年に日本芸術院と名称を変更して現在に至っています。
日本芸術院では会員以外の者で卓越した芸術作品と認められるものを制作した者、
芸術の進歩に貢献する顕著な業績があると認められる者に対して、
1941(昭和16)年から芸術院賞を授与しています。
1949(昭和24)年から日本芸術院賞を受賞した者の中から選定して恩賜賞を授与しています。

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