亀山焼の買取 古美術天平堂

亀山染付鯉文四方鉢

時代 江戸後期〜幕末
1804(文化元)年〜1865(慶応元)年
状態・詳細 口縁に入があります
口径 17.3cm
(最長:19.3cm)
高さ 6.4cm
底径 8.2cm
商品番号 a2699
価格 ¥250,000
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古美術 天平堂

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人気の高い鯉文を題材とした優美で格調高い亀山焼の逸品です。
伝世品が少ない事から「幻の焼物」と称されており、
長崎画壇の絵師による見事なまでの臨場感ある描写には、
他の追随を許さない最高峰の技術が集約されています。
しっかりとした亀山焼は一般の市場にはなかなか出てこない為、
希少性とも相俟って入手は困難です。
坂本龍馬はこの亀山焼の跡地を借り受けて亀山社中を設立しました。

文人墨客や坂本龍馬に愛された幻の古陶 「亀山焼」

亀山焼とは長崎村伊良林郷垣根山(現:長崎市伊良林)で焼成された陶磁器です。
1865(慶応元)年の古文書『亀山焼荒増一件』によると、
1804(文化元)年頃からオランダ人が大量の水甕(陶器)を注文した為、
長崎八幡町の家持町人・大神甚五平、山田平兵衛、古賀嘉兵衛、万屋治吉の共同経営で、
1807(文化4)年に長崎奉行所の産業貸付金を拝借して開窯されたと伝えられています。
しかし、設備投資による出費や意図したオランダ船の入港が数年間に殆どなかった為、
採算が合わずに経営が苦しくなって大神甚五平の単独経営となりました。
1814(文化11)年には天草陶石を用いて今日に「亀山焼」と賞賛される磁器焼成に転じます。
染付顔料は長崎奉行所の後援もあって中国から輸入される最高の唐呉須が用いられました。
『工芸志料』には天保年間(1830〜44)に中国・蘇州の土を取り寄せて、
「蘇州手」と呼ばれる鼠色の暗い発色を呈した作品も焼成されていた事が記されており、
多くには「以唐山蘇州土崎陽亀山造之」等という記述が確認されています。
田能村竹田や長崎三画人(木下逸雲、鉄翁祖門、三浦梧門)を始めとする代表的な文人墨客が、
絵付けをした作品も少なからず残されており、
青磁、捻細工、色絵磁器と多彩で螺鈿細工と一体になったものまで確認されています。
文様には代表的な山水、魚、唐草等の他、
1821(文政4)年にペルシャから長崎に運ばれてきた駱駝、
肥前で盛んだった捕鯨を反映した鯨、
異国趣味を採り入れたオランダ船まで図案化しているところにも面白味があります。
窯の経営は1843(天保14)年に至っては運上銀さえも払えない困難な様相となりますが、
1859(安政6)年の長崎奉行・岡部駿河守の時に御用陶器所として再興され、
優品は幕府に献上されたり、奉行所の日用品ともなって亀山焼の名声は高まりました。
しかし、幕末という時期も悪く奉行所の衰退に伴い、1865(慶応元)年に閉窯となりました。
坂本龍馬がこの亀山焼の跡地を借り受けて亀山社中を設立したのは間もなくの事です。

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