古唐津茶碗・満岡忠成の買取 古美術天平堂

古唐津茶碗

時代 桃山〜江戸初期
16〜17世紀
状態・詳細 口縁に金直しと入があります
口径 12.7×11.3cm
高さ 7.2cm
底径 4.9cm
備考 満岡忠成 極
1907(明治40)年〜1994(平成6)年
商品番号 9373
価格 sold out
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古美術 天平堂

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大らかな品位を備えた古唐津茶碗です。
ねっとりとした見事な土味と、
豪快に削り出された竹節高台が何ともいえない美しさを生み出しています。
口縁に見られる火膨れも無作為の中に生まれた偶然の産物であり、
古唐津故の妙味ある見所として鑑賞できます。

茶人の眼に留まった野趣の美 「古唐津」

唐津焼とは肥前国唐津藩を中心とした肥前地方で焼成された陶器です。
名称は唐津港から積み出しされた事に由来しています。
「一楽、二萩、三唐津」と謳われるように茶陶の分野においても高い評価を受けています。
この地は嘗て松浦党領袖であった波多三河守親の支配下にありましたが、
文禄の役における失態を理由として、
1593(文禄2)年に豊臣秀吉から波多氏が改易されると、
尾張国出身の寺沢志摩守広高の領地となって肥前国唐津藩が成立しました。
唐津古窯跡の中でも最も早い創業とされるのが岸岳山麓に点在する諸窯で、
これは朝鮮から移住してきた渡来陶工達によって焼成されたと考えられています。
岸岳は海抜約320mの山麓で波多氏が山城を築いて居城した地でありましたが、
波多氏改易に伴って岸岳陶工達は肥前各地に離散しました(岸岳崩れ)。
波多氏の改易と岸岳諸窯の廃業は、
1593(文禄2)年以前から古唐津が焼成されていた根拠の一つとされています。
唐津焼の創始については発掘調査や研究から天正年間(1573〜92)頃と考えられています。
創生期は天正年間頃だとしても唐津焼は文禄・慶長の役に始まったといっても過言でなく、
桃山〜江戸初期にかけて優れた作品を多く焼成した隆盛期を迎える事になります。
この桃山〜江戸初期までの作品は「古唐津」と呼ばれています。
唐津焼はその殆どが一般庶民の日用品として量産された物ですが、
点茶が流行した桃山〜江戸初期頃には茶人間の眼に留まって茶陶に見立てられました。
この雑器的な素朴さも唐津焼の大きな魅力の一つです。
中には茶人や茶道具商による注文品もあり、
全体的な総数からすると極めて少ない事から特に高い評価を受けています。
17世紀に入ると唐津焼にとって大きな事件が生じる事になります。
渡来陶工・李参平(和名:金ヶ江三兵衛)による泉山陶石の発見と磁器焼成の成功です。
伊万里焼の生産拡大は唐津焼衰退に大きな影響を与えました。
江戸前期には二彩唐津等に特色が見られるもの古唐津程の魅力は失われ、
以後は僅かに御用窯(御茶碗窯)が残るだけとなりました。

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